東京家庭裁判所 昭和35年(家)252号 審判 1960年2月08日
〔解説〕本件は、日本在住の米国人が日本人たる妻の連子である未成年者を養子とするについて、縁組許可の審判をした一事例である。
法例第一九条第一項によれば、養子縁組の要件(注1)は、各当事者につきその本国法によることとなつているから、本件のような事例では、養子側の要件については日本国民法が、また養親側の要件については法例第二七条第三項により、米国におけるそのものの所属する州の法律が、それぞれその準拠法となる。ところが、わが国では、未成年者養子でも、本件のように配偶者の直系卑属を養子とする場合には、家庭裁判所の許可を要しないとされている(民法第七九八条但書)のに対し、米国では、一般に養子縁組は裁判所の養子決定によつて成立し、日本法のような例外は認められていない(なお、一部の州では、この養子決定の申立前に青少年裁判所の後見的許可を得なければならないところもある)。
そこで、このような両国における養子縁組法の相違から、本件事例のような渉外養子縁組において、わが家庭裁判所の許可審判を要するか否かについては、従来から議論のわかれるところであるので、以下にその問題点を指摘し実務の参考に供することとした。
(一) まず本件における準拠法適用の前提として、この裁判所による縁組許可(もしくは養子決定)が、養子側の要件か、あるいは養親側もしくは養子および養親双方の側の要件かが先決問題である。
この点に関しては、「未成年者の養子縁組を家庭裁判所の許可にかからしめるのは、子の利益を保護するのが目的であるから、養子側の要件である」と解するもの(注2)と、「養親側に許可を義務付たという意味もあるから、むしろ双方の側の要件であると解すべきである」とするもの(注3)がある。前説に従えば、本件の場合縁組許可の要否を決すべき準拠法は養子の本国法である日本国民法となるから、同法第七九八条但書により家庭裁判所の許可を要しないことになる(便宜第一説と称す。注4)。
(二) これに対し後説に従えば、この裁判所の許可の要否をさらに養親の本国の所属州法に照らして決しなければならないことになるが、いわゆる反致が認められれば、日本法によることとなるので、次にこの点が問題とされねばならない。
この点に関しては、「米国の国際私法上の原則によれば、一般に縁組の要件は法廷地法によるものとされ、法廷地は当事者の米国法上の住所地と解されるので、養子または養親のいずれかが、日本に米国法上の住所を有する場合は、縁組の要件を規律する準拠法は法例第一九条第一項第二九条により日本の法律によることとなる」との理由のもとに反致を認めるもの(注5)と、これを否定するもの(注6)とがある。前説に従えば、結局第一説と同様日本国民法が適用される結果家庭裁判所の許可を要しないことになる(第二説、注7)。
(三) これに対し、後説に従い反致が認められないとなると、養親側の縁組要件である養子決定をわが家庭裁判所が行うことができるか否かという、いわゆる管轄権の有無が次に問題となる。
この点に関しては、米国の裁判所の養子決定も、わが家庭裁判所の許可審判とその本質を同じくするとの理由でこれを肯定するもの(注8)と、後見的許可は別として養子決定についてはこれを否定するもの(注9)がある。前説に従えば、わが家庭裁判所が許可の審判により米国法上の法廷手続を代行すればよいことになる(第三説、注10)のに対し、後説に従えば、一般に米国人が日本人たる未成年者を日本で養子縁組するには、その方法がないという結論にならざるをえない(第四説)。
本件審判は右のうちいずれの見解に立つものか明らかでないが、その判示理由から推測すると、理論的にはむしろ本件につき許可審判を要しないとの見解(第一ないし第二説)をとりながら、戸籍の受理(昭和二九年六月五日民甲第一一七八号民事局長回答参照)とか渡航による入国手続を便ならしめるという実際的配慮に基づいて、とくに縁組許可の審判をしたものではないかともみられる。
注1 ここにいう養子縁組の要件とはいわゆるその実質的要件をさし、その形式的要件すなわち縁組の方式とは区別されるべきである。縁組の方式については、決例に特別の定めがないので、法律行為の方式に関する一般規定である法例第八条第一項により縁組の効力の準拠法である養親の本国法によるべきこととなるが、本件の場合には、同条第二項本文により行為地法たる日本国民法の定める方式に従い、戸籍の届出によることもできる。
2 久保・国際私法例説一〇一頁、池原・「養子縁組の成立に関する国際私法上の二、三の問題」月報六巻七号一〇頁、川上・国際私法講義要綱一三三頁、西沢・「外国人との養子縁組」家族法大系IV二五〇頁
名家昭三〇・一二・二四審判(国際私法関係事件裁判例集八八九頁)
昭三〇・一〇・二五民甲二一二二号民事局長回答
3 山田・「渉外的養子縁組に関する三つの審判例をめぐつて」月報八巻七号五頁
仙家昭二八・一〇・二一審判(前掲例集八五四頁)、同昭二九・一・一八審判(同八五八頁)
仙家昭二九・四・二一審判(同八六六頁)、同昭三二・六・五審判(同九一八頁)
大阪家昭三二・二・二七審判(同九一五頁)
昭二九・三・二六家庭局長電報回答参照
4 前注2参照
5 久保・前掲論文一〇二頁、池原・前掲論文一三頁、山田・前掲論文六頁
名家昭三四・五・二八審判(月報一一巻八号一三三頁)
参照
○米国人と単に日本人たる未成年養子縁組につき
横家昭三一・五・七審判(前掲例集八九五頁)
同昭三二・九・二〇審判(同九二九頁)
昭二九・一一・九家庭甲第一三九号家庭局長回答
○米国人間の養子縁組につき
東家昭三三・一二・二五(月報一一巻四号一三六頁)
岐家昭三四・五(月報一一巻七号二九頁)
6 前注3の各審判例
参照
米国人と単に日本人たる未成年養子縁組につき
東家昭三〇・一〇・一二審判、神家昭三〇・一〇・一七審判
昭二六・六・二一民甲一二八九号民事局長回答
7 名家昭三四・五・二八審判(月報一一巻八号一三三頁)
8 西沢・前掲論文二四九頁
東家昭三二・一二・一二審判(月報一〇巻一号五五頁)
前注3の各審判例
昭二九・三・二六家庭局長電報回答参照
9 池原・前掲論文九頁、山田・前掲論文一一頁、江川・改訂国際私法二八三頁
10 前注8参照
申立人 ジョージ・アレン・メイドン(仮名
未成年者 秋本俊一外二名(仮名)
主文
申立人が未成年者等を養子とすることを許可する。
理由
本件未成年者は養親となるべき申立人の妻(秋本高子)の子であるから、日本法による家庭裁判所の許可は必要でないけれども、本件は養親となるべき申立人(ジヨージ・アレン・メイドン)が米国人にて渉外事件であるから、申立人の属するオハイオ州養子縁組法に照らしても本件養子縁組は障碍なく、要件に適合することを審査し、その意味において本件縁組が各当事者の本国ともに可能であることを示すため、この許可を与えることとする。
(家事審判官 武富貴志男)